3am.

7 Nov 2009

“‘68年にエルクが「CUTLASS (¥36000)」の試作として作ったギターで、手を加えなくても「フェンダーのテレキャスターだぞ」と言ってゴマカせるぐらいよく似ていた事から成毛は「ニテレキャスター」とか「ゴマキャス」と呼んだ。
このギターを作ったのは、後に神田商会へ移ってグレコの「EG、SEシリーズ」、その後フェンダー・ジャパンで「STM、STSシリーズ」を作った斉藤任弘氏である。
斉藤氏は「エルク」「グレコ」「フェンダー・ジャパン」と、’68~’98年の間に成毛が使ったギターの殆どに拘わっていたわけで、その斉藤氏と成毛とを最初に結び付けたのがこのギターであった。”

愛用ギター

70年代末にグレコのオリジナルギターに装着、また神田商会取り扱いのMusicman製品に(おそらく神田商会リペアルームで)取り付けられることがあったトレモロユニット「TSビブラート」の名称は、開発者の斉藤任弘氏の頭文字から。

7 Nov 2009

ホリプロ創始者で当時代表の堀威夫さんと寺本さんとはその昔“スイング ・ウエスト”というウエスタンバンド(昔のカントリーはウエスタンって呼ばれていた)を一緒にやっていたのだ。第1回日劇ウエスタンカーニバルにもトップバンドとして出演する程の人気バンドだった。その後堀さんはプロダクションを設立。寺本さんはカントリーの道をひたすら突き進んでいた。道は違ってもかつての戦友、年に数回は会うという間柄。その堀さんに寺本さんが「今一緒にやっているベースの片山の息子が高校生でカントリーを歌っているから、面倒見てやってよ」といってくれたのだ。強力なコネクションである。寺本さんは俺に「日本のカントリーの世界で中途半端なライブを重ねるより、堀さんの所のようなしっかりしたところで勉強した方が誠史の為になる」と言ってくれた。

しかし堀さんも友人の一言で「それなら」と簡単に受け入れてはくれない。そうは問屋が卸さないって奴ね。でも俺はかなりの幸運の持ち主。ホリプロには数年前にカントリーの本場でアメリカ音楽産業の中心都市のナッシュビルに音楽著作権管理会社の支社を立ち上げていたのだ。ちょうどその頃それに目をつけたアーティストがいた。『ムッシュ』こと“かまやつひろし”さんだ。かまやつさんもその昔“ワゴンマスターズ”というウエスタンバンドでプロ歌手としての最初の活動をはじめていた。その後スパイダースを結成した時には堀さんの事務所の所属アーティストだった。

そのかまやつさんが90年代に入ってからのアメリカでのカントリーの盛り上がり方をいち早く察知していた。そこにホリプロのアメリカでの展開を聞きつけ、堀さんに「今、カントリーが面白いよね」みたいな話をした。かまやつさんの先見性を高くかっていた堀さんは「何でカントリーなんだ?」と聞いてかまやつさんがいろいろと説明をしたそうだ。その結果「それじゃ日本でカントリーやってみようよ」みたいな話になって行き、そこで立ち上がってきたのが『NEOカントリープロジェクト』なのだ。こうして堀さん、寺本さん、かまやつさんの微妙なトライアングルの中で銀座ナッシュビルにホリプロの人が俺を見に来るということになっていった。

7 Nov 2009

ジョニー・キャッシュ来日、後楽園ジムでの公演プログラムより抜粋 (via 東京グランドオールオープリーの時代)

ジョニー・キャッシュ来日、後楽園ジムでの公演プログラムより抜粋 (via 東京グランドオールオープリーの時代)

7 Nov 2009

1961年 東京グランド・オール・オープリー、ビッグ・ビル(23才)後列右から3人目  前列左から3人目ジミー時田、和田誠二、中央・文化放送「島村チーフプロデューサー」、右端ジャイアント吉田、隣は松平直久 後列左から4人目チャック宮城、6人目井上タカシ、7人目いかりや長介 (via 東京グランドオールオープリーの時代)

1961年 東京グランド・オール・オープリー、ビッグ・ビル(23才)後列右から3人目  前列左から3人目ジミー時田、和田誠二、中央・文化放送「島村チーフプロデューサー」、右端ジャイアント吉田、隣は松平直久 後列左から4人目チャック宮城、6人目井上タカシ、7人目いかりや長介 (via 東京グランドオールオープリーの時代)

7 Nov 2009

早速、肝心要の“若い”ギタリストを紹介してもらった。名前は長岡亮介。背は俺より高いけど体重は俺より軽そうなほっそりした感じのヤツだった。とりあえずお互いの連絡先を交換し、また合おうという事でその“出会い”の一日は終わった。

後日、亮介と目黒の事務所で打ち合わせをする事に。自分自身でバンドを組むということも初めてだったので、どう打合せするのかもよくわからなかったけど、とりあえずお互いギターを持ってきて一緒にあわせてみた。何をやったのか、話したのかはよく覚えていないけど、好感触を得たのは確かだった。ただ1つネックだったのは自宅が千葉県という事だ。俺は茅ヶ崎なので 地元で何かやろうという時には遠すぎる。どうしようかと悩む間もなく、天があたえたなんとやらで翌年4月から亮介が神奈川の東海大学に入学するというのだ。そして秦野でアパート暮らしをするとのこと。これによってバンド結成へのテンションがさらに高まって行った。

story24

長岡亮介=東京事変の浮雲

7 Nov 2009

“ヨーデルはアルプス山麓の牧童が仲間と呼び交わすのに使用した、独特の裏声が元になっている。ファルセットと低音域の地声を交互に織り交ぜるようにして歌うのが特徴。また、アルプス地方のヨーデルがアメリカにわたり、カントリー・ヨーデル(ウェスタン・ヨーデル)(英語ではyodelと綴る)というアルプスのヨーデルとは違った一つのジャンルを形成していくこととなる。”

7 Nov 2009

“アイヌ語の「川」には「ベツ」と「ナイ」の2種類あり、「ベツ」は水かさが増すとすぐに氾濫してしまう危険な川、「ナイ」は岸がしっかりしていて、洪水に強い川を現わしています。つまり、「ノボリベツ」や「石狩川」の古い言い方である「イシカリベツ」という名前は、それらの川が、洪水の危険をはらんでいるという意味が込められたもの。
一方、アイヌ語では「水」にも「ワッカ」と「ベ」という2種類あり、「ワッカ」は飲める水、「ベ」は飲めない水を指しています。ですから、「ワッカナイ」という地名には“川の水を飲んでも大丈夫な上、洪水の恐れもなく、川のそばに暮らしても安全な場所”という意味が込められているんですね。”

7 Nov 2009

zyaitibi:

technohell:

oharico:

azumin:

onioni:

bthny:

Gameday critters - chicagotribune.com
I actually chuckled out loud at this picture. silly cat!

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7 Nov 2009

“これまでは「ネットにあふれる情報をいかに効率よく集めるか」が重視され、RSSリーダーやメーリングリストがその目的のために考案されました。しかし今後は「やってくる大量の情報からいかにノイズを切り分け、適切な情報をすくい取るか」という時代へ移行しつつあると考えられます。”

7 Nov 2009

495 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/11/06(金) 14:22:33.80 ID:GeMIoBH3O
赤ちゃんが乗ってますステッカー


499 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/11/06(金) 14:24:24.60 ID:jJNVP5Us0
»495
あれはな、赤ちゃんみたいな人が運転してますってことだ